| 御嵩城(権現山) |
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| 【城郭の概要】 所在地:可児郡御嵩町 別 名 : − 築 城 :承久2年から寛喜年間(1220〜1232) 初城主:東行氏 区 分 :山城 遺 構 :横堀,土塁 城 域 :100m×50m |
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【現地への案内】 国道21号線長岡の信号を約500m南入る、金峰神社が目印 詳細位置はコチラ ![]() 【駐車場】金峰の森駐車場を利用、約10台 【訪 城】2003年9月 【撮 影】2003年9月
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【現地の状況】 御嵩の森・城址公園から東へ約1kmのきんぽうの森にあるが、この辺りは自然公園が多く、パンフレットを見ても非常に分かりづらい。 金峰の森公園の駐車場に着くと、そこはもう城域である。 北側には可児川が流れ、比高は30m足らずの小さな丘で、金峰神社の建つ最高所に主曲輪を置き、南側に高低差5〜6mの切岸を経て、二の曲輪(便宜上、ここではそう呼ぶ)を配し、更に南に堀切を経て出丸へと続く。 曲輪配置は車を置いた駐車場を取り囲み、南に開口したコの字型の地形となっている。現在では、周囲には宅地が造成され何の変哲もない地形だが、御嵩城との間には大きな自然谷を隔て、西と東は崖状の斜面をなしており、想像の域を出ないが、出丸の南側を大手として開いていたのではないかと想像される。 築城(改修)当時の技術を押し測ることの出来る虎口が主曲輪南側斜面と、出丸南東に見られるが、いずれも高さ1〜1.5m程度の土塁による平虎口である。しかし、出丸の虎口を形成する西側土塁はL字型で武者隠し的な構造で、土塁の馬踏みも広く、やぐら台として使われていたのではないかと想像され、技巧的な縄張りを見せている。 【城郭の歴史】 御嵩城とは、この本陣山城址と権現山城址を合わせた呼称である。 なお、御嵩城についてはコチラを参照 |
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