| 城の名称 |
所在地 |
概 要 |
お勧め度 |
吉崎御坊
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あわら市吉崎1-302 |
浄土宗中興の祖・第八世蓮如が、文明3年(1471)7月に道場を開き、布教活動を開始、文明6年(1474)加賀の一向一揆の拠点となった |
★★ |
| 桑原館 |
あわら市桑原 |
東大寺の荘園・東大寺領桑原荘にあった桑原氏の居館 |
★ |
| 勝山城 |
勝山市元町1丁目 |
柴田勝家の養子柴田勝安(佐久間盛政弟)が袋田を勝山と改め築城 |
★ |
| 村岡山城 |
勝山市村岡町寺尾 |
天正初期の織田政権の特徴ともいえる屈曲した空掘と、朝倉氏等在地の築城術である畝状堅堀が混在している点は非常に興味深い  |
★★★ |
| 三室山城 |
勝山市遅羽町ほう崎 |
一向一揆の島田将監の城と伝え、村岡山城と共に平泉寺と対立し、天正2年(1574)平泉寺を滅ぼした |
★★ |
| 西光寺城 |
勝山市鹿谷町西光寺,保田 |
三室山城に籠もって平泉寺を滅ぼした島田将監の祖父・島田正保の城とされている |
★★ |
| 平泉寺城 |
勝山市平泉寺町 |
平泉寺を中心として中世期には一大勢力を有した(市指定史跡) |
★★ |
| 大野城 |
大野市城町 |
天正3年越前一向一揆を鎮圧した金森長近が築城 (県指定史跡) |
★★ |
| 戌山城 |
大野市犬山 |
斯波義種が築いたのが創築とされ、義鏡まで4代にわたって斯波氏の居城。天正3年(1575)に大野郡を知行した金森長近が居城とするまで朝倉氏の北方の備えとして機能 (市指定史跡) |
★★★ |
| 丸岡城 |
坂井市丸岡町霞 |
柴田勝家の甥・勝豊が築城した城で、天守閣は日本最古 |
★★ |
| 豊原寺(豊原城) |
坂井市丸岡町豊原 |
戦国時代以降は度重なる戦いに平泉寺と共に越前僧兵の精鋭として活躍し、「豊原千坊,小野千坊,吉谷千坊合わせて三千坊」と云われ、その勢いを誇った。 |
★★ |
| 長崎城 |
坂井市丸岡町長崎 |
灯明寺畷で戦死した新田義貞の墓所のある称念寺を中心とした一帯とされている (県指定史跡) |
★★ |
| 丸岡藩砲台 |
坂井市三国町梶 |
嘉永5年(1852)に丸岡藩が建設したもので、数ある砲台跡の中でも完存しており、国の指定史跡となっている(国指定史跡) |
★★ |
| 一乗谷城 |
福井市城戸ノ内町 |
朝倉氏の居館である朝倉氏館の詰の城として機能  |
★★★ |
| 東大味館 |
福井市東大味 |
一乗谷の上木戸から峠を越えて府中へ通じる北陸道の間道・朝倉街道沿いにあり、一乗谷の防衛上重要な位置にある |
★ |
| 小黒丸城 |
福井市黒丸町 |
南北朝期、足羽に進行した南朝方に対し斯波高経が立て籠もった城 |
★ |
| 福井城 |
福井市大手3丁目 |
松平氏17代の居城 |
★★ |
| 北庄城 |
福井市中央1丁目 |
柴田勝家の居城として知られているが、今では石垣の一部が残るのみ |
★★ |
| 安居城 |
福井市金屋町 |
足羽7城のひとつ、建武の中興の戦いで越前守護・斯波高経が新田義貞を迎え撃った |
★★ |
| 藤島城 |
福井市藤島町 |
西超勝寺一帯とされ、西超勝寺の境内には土塁が残る |
★★ |
| 東郷槇山城 |
福井市小安町 |
足羽川の左岸にあって三峰城,成願寺城,中山城と共に、一乗谷城の支城の一つ(市指定史跡) |
★★ |
| 清水山城 |
福井市清水山町 |
太田一吉が羽柴秀吉の馬廻りとなり中国遠征で功を立て清水山城に入部、文禄2年(1593)豊後(大分県)臼杵城6万5千石の大名となるまで約12年間在城した(市指定史跡) |
★ |
| 今井城 |
福井市小羽町 |
御城山古墳を利用し、地形を巧みに利用して築城されている |
★★ |
| 三留城 |
福井市清水山町三留 |
朝倉氏初代敏景の六男の景儀(かげのり)の子の孫六郎景冬が築いたと伝えられる (町指定史跡) |
★ |
| 鎗噛山城 |
福井市清水町 |
足羽7城の安居城とは指呼の距離にあり、戦国期の遺構も残る |
★★ |
| 鯖江陣屋 |
鯖江市屋形町、本町 |
市内の松阜神社境内に鯖江藩4代藩主間部詮茂が初代詮房を祀るために藩邸につくった受福堂が移築されている |
★★ |
| 吉江陣屋 |
鯖江市吉江町 |
慶安元年(1648)、松平昌親(福井藩主松平忠昌五男)が築いた館 |
★ |
| 川島城 |
鯖江市川島町 |
永禄7年(1534)から元亀2年(1571)までは朝倉景紀が孫子七郎が居城とし、石垣が組まれているというが・・・・・。 |
★★ |
丹波岳城 |
鯖江市大野町 |
丹波岳の山頂に築かれ、主曲輪を中心に5つの曲輪と4条の堀切があるという |
★ |
| 三峯城 |
鯖江市上戸口町 |
一乗谷城の南方約4kmにあり、一乗谷城の南方の押さえとして機能 |
★★ |
| 小丸城 |
越前市五分市町 |
天正3年越前一向一揆を討伐した信長が越前に柴田勝家を配した際に、補佐役としてつけた府中三人衆の一人、佐々成政の居城 (県指定史跡) |
★★ |
| 府中城 |
越前市府中1丁目 |
慶長6年結城秀康が北庄城に入部した際、家臣である本多富正に3万9千石を与え居館させた |
★★ |
| 新善光寺城 |
越前市京町二丁目 |
南北朝期、越前守護・斯波高経が南朝方に備えて築いた城 |
★★ |
| 龍門寺城 |
越前市本町 |
天正元年、敗走する朝倉勢を北近江から追ってきた信長が本陣を構えた (市指定史跡) |
★★ |
| 鞍谷館 |
越前市池泉町 |
味真野神社の周囲に土塁と堀が残されている。典型的な中世城館跡 |
★★ |
| 金剛院城 |
越前市深草2丁目 |
青木善右衛門の居城で、本堂裏手の墓地には土塁が残る |
★★ |
| 白崎城 |
越前市白崎町 |
宝暦4年(1754年)に起きた郡上一揆により飛騨高山藩は改易され、分家である金森可英が本家を相続して築いた城 |
★ |
| 本保陣屋 |
越前市本保町 |
江戸時代に越前国内の幕府直轄領を支配していた役所で、約5万石を統治していたとされる |
★ |
| 葛野陣屋 |
丹生郡越前町下糸生葛野 |
第8代将軍として幕府財政を再建する徳川吉宗が、元禄10年(1697年)若干14歳にして賜った領地 |
★ |
| 杣山城 |
南条郡南越前町阿久和 |
南北朝期における南朝方の拠点 (国指定史跡) |
★★ |
| 燧ヶ城 |
南条郡南越前町今庄 |
天正3年(1575)、越前一向一揆の総大将下間筑後守頼照は藤島超勝寺、荒川興行寺の一揆衆と共に燧ケ城に立て籠もり、織田信長に対抗した。 |
★★ |
| 鉢伏城 |
南条郡南越前町二ツ屋鉢伏山 |
木ノ芽峠城砦群の西端に位置し、杉津砦との中継の役割も担っていたか |
★★ |
| 観音寺丸城 |
南条郡南越前町二ツ屋鉢伏山 |
木ノ芽峠城砦群のひとつ、木ノ芽峠城と連動して機能した城と考えられる |
★★ |
| 木ノ芽峠城 |
南条郡南越前町二ツ屋鉢伏山 |
木ノ芽峠城砦群のひとつ、北国街道の木ノ芽峠を押さえる位置に築城されている |
★★ |
| 西光寺丸城 |
南条郡南越前町二ツ屋鉢伏山 |
木ノ芽峠城砦群のひとつ、北国街道の木ノ芽峠を押さえる位置に築城されており、天正3年一向一揆衆は織田軍との戦いに備えて西光寺真教が立て籠もった  |
★★ |
| 疋壇城 |
敦賀市疋壇 |
城郭の中核部に残る石垣と、周囲の空掘はお勧め  |
★★ |
| 金ケ崎城 |
敦賀市泉・金ヶ崎 |
交通の要衝敦賀を押さえる金ヶ崎城は南北朝期から天正期にかけて幾度となく戦いが繰り広げられた |
★★ |
| 手筒山城 |
敦賀市天筒 |
金ヶ崎城と連なる尾根上にあり、元亀元年越前に侵攻した織田信長に攻められ落城した |
★★ |
| 敦賀城 |
敦賀市結城町 |
天正10年(1582)蜂屋出羽守頼隆が笙川の西岸に築城 |
★ |
| 敦賀陣屋(鞠山陣屋) |
敦賀市鞠山 |
天和2年(1682)に若狭小浜藩主酒井忠直の二男忠稠が設けた |
★ |
岡崎山砦 |
敦賀市杉津 |
元亀元年(1570)織田信長の越前攻略の際、朝倉掃部介景氏が入り、天正3年(1757)には一揆勢の猪鹿子孫左衛門によって使われていた |
★★ |
花城山城 |
敦賀市櫛川 |
元亀元年(1570)4月、朝倉攻めの軍を起こした織田信長は疋壇城を落とすと、敦賀湾を挟んで手筒山城と対峙する花城山城に陣を構えた。 |
★★ |