| 所在地:大飯郡大飯町尾内 |
| 別 名 : − |
| 築 城 :天文22年(1153) |
| 初城主:本郷泰茂 |
| 区 分 :山城 |
| 遺 構 :土塁,堅堀 |
城域 :470m×50m
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| 標高 114m |
| 比高 110m |

国道27号線本郷大橋東詰から南へ約300m、長応寺へ
詳細位置はコチラ 
長応寺の南、なごみの駐車場を利用
【訪 城】2008年5月
【撮 影】2008年5月
| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
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★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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達城は大飯町町尾内にあって、佐分利川の左岸河口近くの標高114mの独立丘の山頂から北西に延びる尾根上に築かれ、丹後街道(元国道27号線)を猊下する位置にある。
長応寺への石段を登り始めると、狭い尾根に小曲輪が確認できる。長応寺本堂の背後は谷状の地形で10mほどの比高差を下ると、幅3mほどの尾根の左右に竪堀が連続して2条づづ配置され、特徴的な縄張りをしている。
尾根の斜度は登るに従って急となり、山頂の主曲輪近くでは九十九折りの道となる。この間幅10〜20mの尾根に階段状に曲輪が配置されている。
山頂の主曲輪へは、斜面を利用した形での2折れの虎口を経て至るが、虎口横の斜面には竪堀が配され、虎口防御に配慮がなされている。
山頂の主曲輪は35m×25mほどで、登城道のある北西以外は急峻な斜面で、天然の要害地形である。
関東の御家人・本郷氏が鎌倉時代初期に大飯郡に入部した後、在地勢力として室町時代には経済,軍事面でも大きな力を有していた。
大永4年(1524)本郷泰茂の領地は幕府御領所となり本郷氏の衰退が始まる。また隣接する佐分利石山城の武藤友益にしばしば侵略され、居館である高田城では防戦できず、達城を築城した。
元亀元年(1570)から開始された織田信長の若狭進出に際し、本郷泰栄はいち早く信長方につくことを表明し、領土を安堵された。
天正10年(1582)本能寺の変が起こると、本郷泰栄は秀吉には属さず、この地から退去した。
達城も天正12年頃には廃城となったと考えられている。
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