所在地:福井市清水町三留
別 名 : −
築 城 :室町末期
初城主:朝倉景冬
区 分 :平山城
遺 構 :曲輪
城 域 : −
比高 30〜40m
町指定文化財
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詳細位置はコチラ

駐車場は近くの空地を利用
【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

三留城は三留地区東保育園の裏の五位山であるとされるが、山の周囲には住宅が建ち並び、山に取りつけない。
地元の人に尋ねると、親切にも保育園裏の登り口まで案内頂いた。しかし、最近は山に入る人もいないためか道らしきものはほとんどなく、藪を避けながらの斜面登りで山頂にたどり着いた。
お椀を伏せたようになだらかな山頂は、唯一中央部が1mほど高くなっているだけで、ほとんど遺構らしきものは確認できなかった。
下山後、何人かの古老に尋ねたが、城に関しての情報は得られなかった。
三留城は一乗谷朝倉氏初代敏景の六男の景儀(かげのり)の子の孫六郎景冬が築いたと伝えられています。
五位山の頂に本丸址があり、景冬の弟景総、景久と受け継がれ、景久の子千代雅丸が正寿寺の住職となり父祖の菩提を弔った。
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