所在地:勝山市元町1丁目
別 名 : 袋田城
築 城 :天正8年(1580)
初城主:柴田勝安
区 分 :平城
遺 構 : −
城 域 : −
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市民会館駐車場に駐車
【訪 城】2007年3月
【撮 影】2007年3月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

勝山市に行って、「勝山城」といえば、九頭竜川の東岸・平泉寺町平泉寺にあって、五層六階の天守をもつ勝山城博物館である。しかし、この勝山城博物館は平成4年に建てられたもので、天正8年(1580)に柴田勝安によって築城された勝山城ではない。
柴田勝安が天正8年(1580)に築いた勝山城は、九頭竜川東岸の河岸段丘に位置し、現在の市民会館(勝山市元町1丁目)、市役所、西法寺、および中央公園一帯が本丸である。
現在では勝山市民会館横に石碑と共に勝山城の縄張りの概要図が示されているだけで、その遺構はほとんど残されていない。
市民会館前に石碑が建てられているのは、市民会館が本丸天守台の跡に建てられていることによるものと思われる。
勝山という地名は、天正2年(1574)、一向一揆勢が袋田近くの村岡山城に陣取って平泉寺と戦い勝利し、村岡山を勝利の記念に「勝山」と改めた。その後、柴田勝家の養子柴田勝安(佐久間盛政弟)が袋田を勝山と改め、築城したのが勝山城の創築である。
柴田氏滅亡後、丹羽長秀の家臣・成田重政,長谷川秀一が居城とした。慶長6年(1601)結城秀康の越前入部により、勝山も支配下に置かれ、重臣林長門守,矢野伝左衛門らが在城した。
元禄4年(1691)小笠原貞信が2万3千石で入部し勝山藩が成立、明治維新まで続いた。
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