所在地:越前市本保町
別 名 : −
築 城 :享保6年(1721)
初城主:徳川氏
区 分 :館
遺 構 : −
城 域 : −
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【訪 城】2007年6月
【撮 影】2007年6月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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本保陣屋は吉野小学校の南約30mにあり、東西50m、南北150mの広さがあったというが、小学校の敷地に転用され、遺構らしきものは残されていない。
現在では吉野小学校の南、約100mの地点に本保陣屋跡の石碑と復元された冠木門などが建てられている。
本保陣屋は江戸時代に越前国内の幕府直轄領を支配していた役所で、幕末には羽生郡や大野郡など175か村、約5万石を統治していたとされる。
享保5年(1720年)間部詮言の鯖江藩立藩により、享保6年(1721)に西鯖江にあった幕府の陣屋が本保に移転した。一時廃止されたが延享元年(1744)に再び設置され、その後明和4年(1767)に飛騨高山郡代の支配下におかれ明治まで約150年間存続した。
陣屋の建物などは明治6年(1873)頃までに取り壊されたが、近年復元されている。なお、越前市内京町2丁目の千代鶴神社に書院が移築されているという。
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