所在地:福井市東大味
別 名 : −
築 城 : −
初城主: −
区 分 :館
遺 構 :曲輪
城 域 : −
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空地を利用
【訪 城】2007年5月
【撮 影】2007年5月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り |

東大味館は朝倉氏の居城・一乗谷城の西方約3km。一乗谷の上木戸から峠を越えて府中へ通じる北陸道の間道・朝倉街道沿いにあり、北方の成願寺城、および東郷槇山城とともに一乗谷にとっては防衛上重要な位置にある。
館の位置は東大味の西蓮寺付近とされ、西蓮寺の墓地の背後の山林に曲輪跡らしき平坦地が残る。
なお、この西蓮寺は柴田勝家との縁の寺とされ、天正3年(1575)一向一揆勢の掃討にあたった柴田勝家が西蓮寺に対して発給した2通の安堵状と共に、全国で唯一つといわれる柴田勝家の木像が残されている。
東大味地区には、明智光秀が鉄炮指南役として朝倉氏に仕えた時の住居跡とされる場所があり、明智神社が祀られている。
この地は、後に細川忠興の妻となる明智光秀の三女・玉(細川ガラシャ)の誕生の地としても知られている。
「城跡考」には、「屋敷跡 三ヶ所 朝倉家中村但馬 明智日向守 今井新兵衛 東大味村之内四十四間三十六間計之所 二十弐間計四方之所 十六間二十二間計之所有」とあり、東大味館は地籍図から四十四間三十六間の屋敷に該当するのではないかと考えられている。
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