| 津具城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:北設楽郡設楽町津具 別 名 :奈根城 築 城 :永禄13年〜 初城主:後藤善心 区 分 :山城 遺 構 :堀切,横堀,井戸 城 域 :90m×50m 標高 770m 比高 80m |
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【現地への案内】 県道428号線、津具小学校の東700〜800m 細位置はコチラ ![]() 【駐車場】路上駐車 【訪 城】2005年10月 【撮 影】2003年10月
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【現地の状況】 津具城の位置に見当をつけ、地元の人に尋ねると、偶然にも尋ねた方が山林の持ち主で、自宅の裏から登れるとのこと。庭を通って登らせて頂いた。 南斜面から尾根筋を直登すると、5分足らずで南端の小曲輪に出る。この小曲輪を経て三の曲輪,主曲輪へと至るが、この間の切岸は比高差が5〜6mほどもある上、斜度もきつく、切岸防御としては非常に有効である。 主曲輪は25m×40mの広さで、 削平状態は極めて良い。主曲輪から北に延びる尾根上に堀切を介して二の曲輪(25m×25m)を配置している。また、主曲輪から派生する東支尾根と西支尾根にも塁状の小曲輪を設けているが、この小曲輪は曲輪としての機能よりも、切岸の比高差を稼ぎ出すための意味合いが強い。なお、主曲輪東側の支尾根には堀切と云うよりも横堀に近い形状の堀が確認出来る。
この津具から北に向かうと根羽村を経て飯田に至り、南に下ると設楽城を経て長篠城に、また遠江の浜松に抜けることが出来、信濃から南下してきた武田軍にとっては交通の要衝として重要な位置にあったと考えられる。また、津具城の西約1.5kmには武田氏の軍費を賄った津具金山(信玄鉱)があり、この津具城は武田氏統治時代に金山経営にも深く関わったものと考えられる。 【城郭の歴史】 永禄12年(1569)作手奥平氏の庶流である、名倉城主・奥平信光に攻められて落城した。 |
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