
【現地への案内】
国道1号線53号線と国道248号線の交差点を北へ700〜800m、久保町の交差点を東へ、矢作川を渡って北へ50m
細位置はコチラ 
【駐車場】路上駐車
【訪 城】2003年4月
【撮 影】2003年4月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
矢作川の東岸、堤防の真横にある林一帯が寺部城である。
中心部は寺部城址の森として公園になっており、寺部城のを示す案内板が土塁の上に石碑が建てられている。この公園の奥(西側)にも高さ1〜2mの土塁が残っているが、矢作川の堤防の一部か。公園内には3カ所の井戸と土蔵と茶室の基礎が残っている。
また、南側には守綱神社が建てられており、神社の横の竹藪の中に規模の大きな空堀を確認することが出来、守綱神社も城域であったことが伺える。守綱神社の案内板にも旧寺部陣屋内であると記されていた。
【城郭の歴史】
寺部城は15世紀、文明年中、鈴木重時によって築城された城で、のち尾州徳川家の家老職家の居城となりました。鈴木氏時代の遺稿は西側の土塁のみで、あとは江戸時代から明治期の館の建物の礎石です。
土塁は幅5.1mの立派なもので、土塁の外側は堀となっています。建物は母屋、書院、茶席、土蔵などがありました。城の面積は約1万m2、城中には井戸が3箇所あり、籠城の備えてものと考えられます。屋敷内には「つくばい」が多数見られましたが、これは10代目当主規綱候が茶人であったことによるものでしょう。
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