| 大崎城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:豊橋市船渡町字城戸中 別 名 : − 築 城 : − 初城主: − 区 分 :平城 遺 構 :堀,土塁,井戸 城 域 :200m×100m |
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【現地への案内】 船渡町公民館の南西約200m 詳細位置はコチラ ![]() 【駐車場】龍源院の駐車場を利用、約10台駐車可 【訪 城】2005年5月 【撮 影】2005年5月
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【現地の状況】 梅田川の河口の左岸に位置し、背後には渥美湾を控えた舌状台地に築かれた城であったが、現在では埋立が進み、南側には渥美湾の名残りである水路が残っている。 龍源院の北側、駐車場から竹藪の中を覗くと堀が見える。駐車場から観るだけでも、規模の大きな堀であることが分かるが、この大崎城の堀の大きさは、藪漕ぎをして竹藪の中に入らなければ分からない。(^^) 駐車場から直接堀に降りる、堀から曲輪までの切岸の高さが4〜5m、切岸が切り立っているだけに凄い。切岸を登ると南北50m、東西25mほどの大きな曲輪で、西側の背後は崖状で渥美湾に落ち込んでいる。残り三方を空掘で囲まれ、ここが主曲輪と考えられる。主曲輪のほぼ中央部に土橋を渡し、前面の曲輪と接続しているが、前面の曲輪は改変を受けており、土塁が確認出来るが、主郭に至る虎口を防御する曲輪としての備えが確認出来ない。これは慶長6年(1601)以降、大崎陣屋や近年の採土によるものらしい。
主曲輪北側に廻ると、ここの堀のスケールの圧倒される。幅14〜15m、深さは7〜8m、諏訪原城(静岡県金谷町)を彷彿とさせる。 堀を挟んで北側に25m四方ほどの曲輪があり、ここを二の曲輪とする。東側を比高差のある切岸、北側には空掘を配し北東角に土塁で虎口を形成した馬出状の曲輪である。曲輪の北側半分はは藪が密集しており入れない。(^^; 更に北側には空掘を挟んで稲荷神社を祭った曲輪を配している。この曲輪は二の曲輪との間に約6〜7mの比高差があり、出曲輪的な存在か。曲輪内部に「大崎城本丸跡」の標識が建てられている。これは認識不足も甚だしい。出曲輪の北、および東側は切岸で処理されており、その高さは約8m。 主曲輪から北には二つの曲輪を配しているのに対し、南側に曲輪がないのはいかにも不自然で、龍源院も城域の一部であったことは容易に想像がつく。裏付けるように龍源院と八幡神社との間には堀跡が確認出来る。この堀は杉山堀と云われ、大崎城近在の杉山村(現豊橋市杉山町)から徴発された人足によって築かれたことに由来するとのことである。 【城郭の歴史】 詳細不明 |
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