| 西川城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:豊橋市石巻西川町城山 別 名 : − 築 城 :戦国期 初城主:西郷氏 区 分 :平山城 遺 構 :土塁,堀切,空掘 城 域 :100m×100m 標高 40m 比高 20m |
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【現地への案内】 豊川市内、国道151号線から県道499号線に乗り換え、東へ約4km、大福寺を目当てに 細位置はコチラ ![]() 【駐車場】周辺の道路に駐車 【訪 城】2003年4月 【撮 影】2003年4月
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【現地の状況】 西川城は周囲1kmほどの小さな丘の上に築城されおり、比高差が最も大きい西側でも20〜30mほどであるが、西側の眺望はすこぶる良い。
訪れたときは、西側斜面にカタクリの花が満開で、写真家や観光客とともにカタクリの花を楽しみながらの城歩きとなった。(~~) 西端に位置する曲輪の土塁上にも斜面同様、カタクリの花が咲き、自由に歩き回ることは出来ない。また、この西曲輪には栗畑となっており収穫期には栗泥棒に間違えられないような配慮が必要だろう。(^^) 曲輪の南西隅に小さな尾根の張り出しがあるが、この間堀切を入れて防御としている。 西曲輪の東側の広大な地域も城域であるが、一面笹に覆われており、自由に見て廻るというわけにはいかない。 南側の大福寺側からも登れる。大福寺からは分厚い土塁を巡らし、開口部4〜5mほどの平虎口を経て、東側の曲輪に至るが、土塁の前面には空堀を巡らしている。 【城郭の歴史】 西川城は戦国時代の末期に西郷清員が築城したと推定され、その子の家員が下総国生実城に移封後廃城となった。 西郷氏は西郷,嵩山辺りに勢力を振るっていた豪族で、始めは松平氏に従い、清康の死後、今川氏に属し義元の討死後は徳川家康に従って活躍した。野田の菅沼氏、川路の設楽氏と血縁で結ばれた連合勢力(豊川三人衆)は家康の信頼が厚かった。 なお、この西川城には、幕藩期に吉田城・城主小笠原氏の分庁がおかれた。 【2005年3月20日追記】 西川城の西〜北斜面に咲いていたカタクリの花は自生しているものだとばかり思っていましたが、植えられたものであるとMさんからご指摘を頂き、修正しました。 なお、この山は別名カタクリ山とも呼ばれています。 |
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