
【現地への案内】
県道357号線加塩橋から東へ約500m、製材所の前から、左手前方向に曲がって、寺屋敷林道に入り約2km普賢院の西側山林
細位置はコチラ 
【駐車場】空地を利用
【訪 城】2008年4月
【撮 影】2008年4月

| 評価項目 |
評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい) |
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【現地の状況】
林道から5分たらずで二井寺城の南端、三の曲輪に出る。南北の尾根上に大きくは3つの曲輪を連ね、三の曲輪と二の曲輪間、および二の曲輪と主曲輪間の尾根幅いっぱいに1〜2mほど窪んだ幅4〜5mの堀状地形を入れている。この堀状地形は見方に拠れば曲輪とも堀切とも見えなくない。
最高部の主曲輪から派生する2つの尾根は堀切で処理され、街道側にあたる東側尾根は2条の堀切とし、薬研堀の堀切は圧巻である。
二井寺城は、国道、あるいは県道からは外れた加塩町と押井町を結ぶ山間部の林道沿いに位置しており、間道監視のために築かれた感が強い。また、曲輪の削平状態は良好で一時的な使用ではなかったことが窺える。
【城郭の歴史】
普賢院は、寺伝によれば白鳳期に創建されたとされ、天正初年には武田氏の山県昌景により焼かれたとも伝えられ、二井寺城が武田氏によって占拠されたことを窺わせる。
現在の二井寺城の遺構も武田氏による改修の可能性が考えられるが、現在残された遺構からは、武田氏による改修の可能性を示唆する特徴的なものは窺えない。
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