
【現地への案内】
国道42号線、城下JAから南に入る。近所で地元の人に尋ねるのが賢明。
詳細位置はコチラ 
【駐車場】路上駐車
【訪 城】2005年5月
【撮 影】2005年5月

| 評価項目 |
見所評価(三段階評価) |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (体力消耗度は大きい)
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【現地の状況】
太平洋に面した段丘上に築かれており、南(背後)は浸食性の激しい地形で断崖絶壁。まさに後ろ堅固の要害地形であるが、北側はなだらかな緩斜面となっている。
釣り道具屋の前の道を道なりに登って行くと、土塁で形成された食違い虎口に至る。この食違い虎口を抜けると三の曲輪で相当な広さであるが、東側の境界がはっきりしない。
三の曲輪から両側に空掘を配した土橋を経て二の曲輪に至る。二の曲輪は馬出形状をしているが、三の曲輪に比べると極めて狭小である。二の曲輪から主曲輪に至るには、更に細い土橋を渡らないと入れない。主曲輪土橋の前面には櫓台があり、土橋を見下ろす形としているのは技巧的である。
主曲輪前面の空掘
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主曲輪は30m×40mほどの楕円形をしており、南側背後は長細い小曲輪から断崖絶壁となっている。
城自体はコンパクトな造りであるが、三の曲輪前面(北側)斜面には広大は屋敷地が広がる。
なお、この城域の東側300〜400m先にも、よく似た縄張りの城郭遺構が残っているので、道を外れて屋敷地内を歩くと間違えるおそれがあるので注意を要する。東側の遺構は屋敷地か、それとも旧畔田城の遺構か?
【城郭の歴史】
詳細不明
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