| 小牧城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:小牧市小牧町字八幡 別 名 :小牧山城 築 城 :永禄6年(1563) 初城主:織田信長 区 分 :山城 遺 構 :土塁,石塁,空掘 城 域 : − 標高 85m 国指定史跡 |
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【現地への案内】 小牧市役所北隣 細位置はコチラ ![]() 【駐車場】専用駐車場 【訪 城】2001年5月 【撮 影】2001年5月
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【現地の状況】 小牧山城は信長の居城であると同時に、名神高速を走るたびに濃尾平野を見下ろす形で小牧山の山頂に天守台らしきものが見え、非常に気になっていた城のひとつであった。しかし現地を訪れ、それが「天守まがいの資料館」と分かり少々ガッカリした。(^^; しかし、山頂まで登る間には、幾つも曲輪や石塁があり、また麓には空掘が残るなど十分に楽しめる城である。 近年、小牧市が整備に力を入れ、ずいぶんと変わっているとのこと、また訪れてみたいものだ。(2004年9月23日)
小牧山は標高86mで平野の中央部に孤立する小山で山頂から濃尾平野を一望することが出来る。永禄6年(1563)、織田信長によって小牧山城が築かれ、天正12年(1584)の小牧・長久手の合戦の舞台となり歴史にその名を残している。 信長は永禄6年、美濃攻略のため清洲城から小牧山に移り、山全体を城域とし、多数の曲輪を設けた。要所には重臣の館を置き、南方に大手道を開き、南西中腹には馬場を設けたという。また小牧山南麗から西麓に城下町を形成した。しかし、信長は永禄10年に美濃の斉藤龍興を攻略して岐阜城に移り、小牧山城は廃城となった。 本能寺の変の後、信長の後継者争いが起こり、天正12年、豊臣秀吉と信長の二男信雄・徳川家康連合軍とが小牧山で対陣した。小牧・長久手の合戦である。犬山方面から侵攻し、小牧市北部に陣を敷いた秀吉軍に対して、家康軍は小牧山を主陣地とし、小牧山の東方にも砦を築いて対抗し、持久戦となった。 現在残る城郭遺構は、信長が築いた城跡の曲輪を踏襲しつつ、新たに土塁、堀を築くなどいて改修された家康軍の陣城の跡である。 |
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