| 一宮砦 |
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| 【城郭の概要】 所在地:宝飯郡一宮町大字一宮 別 名 :一宮城 築 城 :永禄初年 初城主:本多百助信俊 区 分 :平城 遺 構 :土塁,堀切 城 域 :100m×100m 市指定史跡 |
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【現地への案内】 JR飯田線、三河一宮駅の東にある砥鹿神社の南東約300m 細位置はコチラ ![]() 【駐車場】路上駐車 【訪 城】2005年10月 【撮 影】2003年10月
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【現地の状況】 一宮砦は豊川の河岸段丘に築かれた60m×40mほどの単郭方形の城郭であるが、元々は100m四方の規模を持ち、複数の曲輪を配していたという。 西側の道路に沿って高さ3mほどの土塁が築かれ、ほぼ中央部に3〜4m四方の内枡形虎口が設けられている。 曲輪の東側は比高差25mほどの急な斜面で、北側は自然谷、南側は深い堀切で処理し、平城ながら巧みに地形を利用して築城されている。 この一宮砦の枡形虎口については、永禄年間初期に徳川氏が枡形を用いた虎口防御の築城技術を持っていたとは考えられず、後年のものであることは間違いない。なお、城内にはヤブ蚊が非常に多く、夏期には虫除けなどを持参するのが賢明。
【城郭の歴史】 永禄3年(1560)桶狭間の戦い以後、松平氏と今川氏の間で三河をめぐって攻防が激しくなり、永禄7年(1564)今川氏真は牛久保城に着陣して、松平元康(後の徳川家康)の家臣・本多百助信俊が守る一宮砦を包囲した。 元康は一宮砦に援軍を送り、松平軍は10倍の兵力差のある今川軍を突破して一宮砦に入った。この間、今川氏真は終始兵を動かさず、傍観していたと伝えられる。これが松平元康の武勇談として語られる「一宮の後詰」である。
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