弘仁13年(822)創立、甲斐武田氏の守護神であり、武田家初代・信義がこの地を治めるための氏神であった。現在の本殿は天文10年(1541)に信玄公が再建したもので国の重要文化財となっている。
当社は社記によると嵯峨天皇弘仁13年勅命によって、九州宇佐八幡をむかえ地神(武田武大神)と併祀して武田八幡宮と称したという。なお清和天皇の時、京都石清水八幡を社中に併祀し甲斐源氏の崇敬をあつめたが、鎌倉時代初期武田の荘に拠って武田氏を始めた信義に至りこの郷一帯を寄進して氏神とした後、戦国時代に武田信玄は現本殿を再建(天文10年)して、子勝頼滅亡の寸前同夫人が戦勝を祈念して訴えた切々たる願文は今に伝えられ武田家には深い関係を有する古社である。徳川氏治世後も広く敬信された神社である。
この鳥居に掲げられている「武田八幡宮」の文字は、武田信玄公の自筆と伝えらる。
この本殿は武田信玄が再建したものと伝えられる。
【所在地】 韮崎市神山町 詳細はコチラ
【訪問日】 2004年8月10日
【現地を訪れて】
新羅三郎義光の曾孫信義は、この社前で元服し、武田氏を名乗った。まさに甲斐・武田氏の発祥の地である。本殿は鬱蒼とした林の中に建ち、荘厳な雰囲気を感じさせる。なお、八幡宮の駐車場からは、白山城へ登ることができる。
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