賤ヶ岳の戦いにおける両軍の布陣


    凸 秀吉軍の配置   勝家軍の配置

 天正11年3月初旬、柴田勝家は佐久間盛政,前田利家を先発隊として湖北に進出させ、柴田勝家は北之庄と長浜とのほぼ中間、北国街道と刀根街道を押さえる江越国境の内中尾山の玄蕃尾城に本陣を置き、佐久間盛政以下の前田利家等の主力は内中尾山から南へ約4kmの行市山を中心に砦を築いて布陣した。

 一方、勝家が北之庄を出発したとの知らせをうけた秀吉は、北勢の滝川攻めに一部の兵を残し、主力を率い、3月16日には長浜城に入り、翌日には木之本に本陣を置き、田上山に羽柴秀長、賤ヶ岳に桑山重晴、大岩山に中川清秀、神明山に山路正国、東野山には堀秀政等を配して対峙した。