| 近江 梁瀬城 |
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| 【城郭の概要】 所在地:東近江市五個荘梁瀬 (旧神崎郡五個荘町梁瀬) 別 名 : − 築 城 :鎌倉時代初頭 初城主:築瀬美作守か? 区 分 :平城 遺 構 :土塁,堀 面 積 :50m×50m |
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・交通:国道8号線梁瀬の信号を西に約600m、梁瀬地区の西端 詳細位置はコチラ ![]() ・駐車:空地を利用 ・撮影:2005年4月
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【現地の状況】 愛知川の左岸、和田山城のある和田山から南へ約500m、梁瀬地区の南端の竹藪の中に川(大同川か)を引き込んだ形で幅5〜6mの水堀が西から北にかけて巡らされている。 城域は50m×50mほどで、猛烈な孟宗竹が密集していいるが、幸いなことに一部竹が切り取られて、高さ2〜3m、土塁が確認出来る。 この土塁は“コ”の字型に廻っていると云うが、宅地と隣接しており無断で歩き廻るのが躊躇われ、確認するには至らなかった至らなかった。 竹が切り取られているのは、いずれ宅地になってしまうのだろうか? 西側に“西屋敷” という小字名が残り、ここも城域の一部ではないかと考えられている。なお、城址碑は東側の住宅地の一画に建てられている。 【城郭の歴史】 築瀬美作守の居城とされるが、「晴富宿禰記」などに見える若槻民部の城もこの遺構と考えられている。 |
