| 近江 山上城(別名 山上陣屋) |
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| 【城郭の概要】 所在地:東近江市山上町 (旧神埼郡永源寺町山上) 別 名 :山上陣屋 築 城 :明応8年(1499)頃 初城主:小倉右近大夫賢治 区 分 :平城 遺 構 :堀 面 積 :30m×20m
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・交通:国道421号線山上 ・駐車:なし ・撮影:2001年6月
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【現地の状況】 浄土宗向上山安養寺、および永源寺役場一帯が山上城址である。 安養寺の北側には三重県に通じる八風街道がはしり、要衝の地に築かれている。 安養寺境内の石碑が建てられている付近が本丸跡とされ、現在でも東側の竹藪との境には堀跡が残っている。 【城郭の歴史】 山上城は小椋荘、柿御園荘一帯に勢力を持っていた小倉氏が、伊勢へ抜ける間道の天険を有するこの地域に目をつけ、応仁の乱の頃より山上城を主力に山城として山田城、八尾城を築いたものである 山上城は南北朝時代より小倉氏累代の居城として栄え、元来小倉(愛知郡愛東町小倉)を本拠としていたにもかかわらず、戦国時代になると、高野にも本拠が置かれるような形になった。 小倉氏の居城は発祥の地愛知郡小椋庄に小倉城を有したが、室町中期に小倉家は3〜4家に分家し小倉本家は蒲生郡佐久良庄に移り、佐久良城を築いて本城とし、周辺に四谷城,鳥居平城,長寸城等を築いて家臣を入れて守らせた。 分家した小倉東家は愛知川小椋庄を支配して高野城ならびに小倉城を居城とし、神埼郡御園庄(山上郡)を支配する小倉西家は山上城を本拠として和南城,山田城、相谷城,九居瀬城,八尾山城等の支城を設けた 元禄11年(1698)徳川幕府譜代の大名稲垣安芸守重定が一万三千石の諸侯に列せられて常陸の国より近江国野洲,蒲生,神崎などの地を賜って神崎郡山上郷に山上陣屋を設けたのが山上城の跡地である。 |
