
・交通:国道161号線沢の信号から西へ2km、極楽寺が目印
詳細はコチラ
左メニュー付き
・駐車:空地を利用
・撮影:2003年6月
| 遺構の保存状態 |
★★ |
| 遺構確認し易さ |
★★ |
| 体力消耗度 |
★★ |
| お勧め度 |
★★ |
★の数の多い方が良い(または、激しい) |
【現地の状況】
森西地区からハイキングコースを登る。ハイキングコースの入口には猿,猪あるいは鹿除けの電線が巡らされており、とまどうが外せるようになっている。
案内板には田屋城まで40分の表示があるが、約20分で口の丸に着く。
広い城域に大きくは5つの曲輪が配置され、それぞれの曲輪には分厚い土塁が巡らされている。口の丸南には10m四方の出曲輪が設けられ、この曲輪を中心に急な斜面には深さ2m、長さ30〜40mの強烈な竪堀が掘られている。また、口の丸東の曲輪土塁は折れが入り横矢掛けが意識されている。
極め付きは奥の丸の食い違い虎口で、これら遺構から織豊系城郭の特徴が読みとれる。こうした遺構以外にも南斜面、あるいは西斜面に何本もの竪堀が見られるが、口の丸出曲輪横のものとは規模が異なり、この城が元亀・天正期に改修を受けたのではないかと推定される。
【城郭の歴史】
応氷年間(1394〜1472)清原蓮廉より、天正年間(1573〜90)田屋山城守吉頼朝臣に至る城と伝えられており、沢城(マキノ町)の詰めの城とも云われている。
奥の丸,北の丸,搦手,駒返し等の地名が残る。
|