|
| HOME > 湖東地区 |
鳥居本から滝谷武奈林道に入り、比婆神社へ 詳細位置はコチラ ![]()
【訪 城】2001年11月,2008年3月 【撮 影】2008年3月
体力消耗度 ★:山道はほとんどなし ★★:10分〜30分程度の山登り ★★★:約1時間ほどの山登り |
滝谷武奈林道から男鬼町(おおりちょう)にある比婆神社方面に向い、今は廃村となっている男鬼の山村から比婆神社の鳥居をくぐって、山道を更に車で上ること約10分で比婆神社の駐車場に出る。 比婆神社への山道は一車線幅で舗装され、参拝のため定期的に倒木、落石の除去などがなされているようではあるが、普通車の場合は多少注意を要する。
比婆神社背後の尾根につけられた細い小道を南へ辿ると、約10分で比婆之山山頂(標高670m)に出る。この山頂から尾根は東と西に分かれるが、霊仙山方面に延びる東尾根(左手)を下る道をとると、15分ほどで尾根の両側に竪堀を入れた城域の西端に着く。この竪堀の規模はさほど大きくはないが、竪堀と確認するには十分である。 比高差10mほどの斜面を登ると西側に高さ1mほどの土塁を巡らせた25m×30mほどの楕円形をした曲輪に出る。ここから尾根幅15〜30mの尾根上に階段状の曲輪が10段にわたって続き主曲輪に至る。 この間、曲輪間に堀切が1条設けられているが、尾根の斜度を利用して作りだした切岸防御を主体としたつくりである。 山頂の主曲輪は30m×20mほどで、尾根は南と東に延び、南尾根には4つの曲輪、東尾根は主曲輪東端の土塁を介して2条の堀切と横堀を入れている。 この高取城一帯は小ナラとブナの林で、落葉期には日光が降り注ぎ、山城と共に素晴らしい山の風景を楽しめるお奨めの1城である。 また、新緑や紅葉の時期も、折々の景色を楽しめることは間違いない。 この高取城の城域は東西250m、南北100mほどの範囲におよび、主要な街道である中山道から遠く離れた山また山の山中に、これだけ大きな城を築く必要性がどこにあったのか。 一説には「年貢道」と云われる裏街道が近くを走っており、間道の押さえとして築かれたとの考えもある。 高取城からは醒ケ井,彦根、および多賀の町が遠望でき、方位計などもない時代に間道として利用する時に、町並みが見えることは非常に重要で、中山道の間道の監視目的の城であるという側面は否定できない。 しかし、こうした間道を押さえるだけなら小さな砦でも十分で、このような大規模な城は必要ないはずである。 仮に高取城に兵士を入れるとすれば、その広さからは数百人〜千人規模であり、軍事的な目的があったことは間違いなく、地理的には佐和山城、鎌刃城が意識される。 |
|
![]()
![]()
|
![]()
![]()
|
| HOME > 湖東地区 |
