| 所在地:伊香郡木之本町田部 |
| 別 名 : − |
| 築 城 : − |
| 初城主:田部氏 |
| 区 分 :山城 |
| 遺 構 :土塁,堅堀 |
| 城 域 :30m×150m |
| 標高 232m |
| 比高 約150m |
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国道365号田部の信号を東入る、等波神社
詳細位置はコチラ 
等波神社隣の田部公民館の空地を利用
【訪 城】2008年4月
【撮 影】2008年4月 |
| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
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★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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田部山城は北国街道(国道8号線)と北国脇往還道(国道365号線)が交わる木之本の町を見下ろす標高232mの田部山(通称城山)の山頂付近に築かれている。
田部山の南麓にある等波神社から登ると、約20分ほどで土塁を巡らせた副曲輪に着く。東西に延びる幅20〜30mほどの尾根に約150mにわたって主曲輪と副曲輪の2つの曲輪を連ね、北側と南側に高さ1mほどの低土塁を巡らせている。
また、主曲輪背後には狭くなった尾根の左右に堅堀を入れることで、土橋状地形とともに虎口を形成している。
浅井氏の被官である田部氏の居城であったが、元亀4年(1573)小谷城を攻める織田信長に対し、朝倉義景が田部山に布陣したことが信長公記に記されている。
----------------------------以下、信長公記の抜粋
八月十日、大づくの北山田山に悉く陣どらせ、越前への通路御取切り候。朝倉左京太夫義影後巻きとして二万ばかり罷立、与語・木本・たべ山に陣取り候。
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| 小谷城を攻める織田軍が布陣したのは、写真の平野部辺りではなかったか。 |
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