近江 島川城

【城郭の概要】

所在地:愛知郡秦荘町島川 
別 名 :− 
築 城 :明応5年(1496) 
初城主:伊庭貞隆
区 分 :平城 
遺 構 :土塁 
面 積 :(北城)50m×100m
      (南城)50m×50m








秦荘西小学校のグランドに建つ石碑
秦荘西小学校のグランドに建つ石碑

・交通:国道8号線・
・駐車:なし
・撮影:1999年6月
遺構の保存状態
遺構確認し易さ
体力消耗度
お勧め度

★の数の多い方が良い(または、激しい)
現地の状況
 宇曾川とその支流である淵川の合流点に築かれた城で、100mばかり隔てて南北二か所の郭より成り立っていたと云われている。
 現在、北城は一部を残して民家が建ち、南城は秦荘町秦荘西小学校となっている。




【城郭の歴史】
 明応4年(1495)、美濃土岐氏に継嗣争いが起こり、土岐元頼と石丸利光が六角定頼に支援を求め、一方、政房を奉じた斎藤利国は京極高清に支援を求めた。

 このため、近江国内においても六角、京極の争いは激化し、翌5年には、六角氏の主将伊庭出羽守貞隆が征濃のため島川城に出陣し、進軍の士を招集した。
 その後、元亀年間(1570〜73)には廃城となる。

 


近江の城郭