所在地:長浜市大依町
(旧東浅井郡浅井町大依)
別 名 : −
築 城 :元亀元年(1570)
初城主:浅見実勝
区 分 :山城
遺 構 :削平地,土塁,竪堀
城 域 : −
標高 252〜365m
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国道365号線から大依地区
詳細位置はコチラ 
八幡神社前に3台
【訪 城】2002年10月
【撮 影】2002年10月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★☆☆ |
| 体力消耗度 |
★★★ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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大依山ははっきりとしたピークがあるわけではなく、なだらかな山並みが東西に連なる山塊をさして大依山という。稜線はなだらかであるが、南斜面(大依町側)あるいは北斜面(木尾町側)とも急斜面のうえ尾根幅は狭く、いわば屏風のような山である。
滋賀県教育委員会の資料によると大依山城は、大依地区の八幡神社背後の山一帯と、お市の里の東側舌状尾根の2カ所を指しているが、今回は八幡神社背後の尾根一帯の遺構を紹介する。
八幡神社横から山に入る、最初ついていた道筋もすぐに消え、後はひたすら急斜面を登ると約25分で尾根筋に出る。尾根筋に出たところで広い範囲に削平地を発見する。
ここから標高365mの太尾山山頂までのこの尾根筋にいたるところに陣城とおぼしき削平地を確認するも確信を持つに至らず。
信長公記によれば、浅井・朝倉軍はこの大依山には4日間程しか滞陣していないためあまり削平されていないことも頷ける。
木尾地区及び郷野地区から出ている林道はほぼ稜線走っているため、車で上ると比較的容易に遺構を確認することが出来る。しかし遺構の全貌を見るためには歩いて廻ることをお勧めします。(約4時間)
「信長公記」には、元亀元年(1570)6月に姉川の戦いを前に、龍ヶ鼻に陣取った信長・家康軍に対し、小谷城を出た朝倉孫三郎(景健)が八千、浅井長政が五千の兵を率い大依山に陣取ったとある。
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