
・交通:国道8号線・武佐信号東入る
詳細位置はコチラ 
・駐車:伊庭貞剛邸の駐車場を利用
・撮影:2008年5月
| 遺構の保存状態 |
★★ |
| 遺構確認し易さ |
★★ |
| 体力消耗度 |
★ |
| お勧め度 |
★★ |
★の数の多い方が良い(または、激しい) |
【現地の状況】
旧中山道の西宿地区のほぼ中央部辺りに大きな楠の木の下に「伊庭貞剛邸」の案内板が建てられている。
この伊庭邸は西宿城の跡地に建てられたもので、伊庭邸の背後の竹林の中に1m程度の低土塁を巡らせた30m×40mの曲輪が残されている。
土塁は東〜北〜西と廻らせ、曲輪は南側の旧中山道側に開いている。なお、西側土塁の外側には空堀も確認できる。
案内板によれば、伊庭貞剛は弘化4年(1841)に旧伊庭邸で生まれ、文久2年(1861)15歳の時に八幡町児島一郎の道場に通って剣を習い、21歳で免許皆伝を許されたとされ、明治元年(1868)に京都御所警備隊士となり、その後明治33年には住友家総理事になった人物とある。
【城郭の歴史】
西宿城の詳細については不明。
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