所在地:甲賀市水口町水口
別 名 :碧水城
築 城 :寛永9年(1632)
初城主:坪内玄蕃(城代)
区 分 :平城
遺 構 :本丸跡,堀,土塁,移築門
城 域 :360m×360m
県指定史跡
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国道307号線・水口大橋の北、約1km
詳細位置はコチラ 
水口城資料館、または歴史民俗資料館の駐車場を利用
【訪 城】2001年4月,2008年1月
【撮 影】2001年4月,2008年1月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★☆☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

漢方薬などをつくるとき、薬材を細粉にひくのにもちいる薬研に形状が似ていることから薬研堀と呼ばれている。
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| 諸薬研堀に対し、片側だけをほぼ垂直になった形状をしている。 |

| 箱形形状をしており、近世城郭の堀は、概ねこの形状をしている。 |
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水口城は明治維新後廃城となり、建物や石垣の大半は撤去されたが、本丸跡地のみ保存され、水口高校のグランドとして使用されている。
グランドの周囲には今なお土塁が残り、その外周には水堀が巡り、北西角には乾櫓の櫓台が良好な状態で残っている。
堀の水は湧水を利用しているといわれ、水深は15mもある薬研堀であるという。
大手門口の出丸部には、平成3年(1991)に模擬櫓(水口城資料館)が建てられている。
なお、水口町蓮華寺の本堂に水口城の玄関が、大岡山(水口岡山城のある古城山)の麓の大岡寺に茶室が移築されている。
水口は京から伊勢へ通じる交通の要所にあり、中世後期にはすでに町並が形成されていたとされる。
天正13年(1585)羽柴秀吉の命により水口岡山城が築かれ、その城下町として発展を見せた。
関ケ原合戦後、この地を幕府直轄地とした徳川家康は、水口を東海道の宿駅に指定し、家康自身もしばしばこの地を通行し、宿内の大徳寺などに宿泊している。
寛永11年(1634)三代将軍家光は上洛に先立ち、道中となる水口に専用の宿館を築かせたのが水口城である。
近江には同じ目的で建てられたものが、柏原御殿,伊庭御殿、および永原御殿がある。
水口城の築城は幕府の直轄で行われ、その作事奉行には建築や造園、茶道などで知られる小堀遠江守政一(小堀遠州)があてられた。
延べ10万人の大工が動員され、本丸は京都二条城を小型にしたものと云われている。しかし、その後家光は上洛することなく、幕府の管理下で城番が置かれた。
天和2年(1682)石見国から加藤明友が入り水口藩が成立、以後明治維新まで続いた。
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