| 近江 三上陣屋 |
| 【城郭の概要】 所在地:野洲郡野洲町三上 別 名 : − 築 城 :元禄11年(1698) 初城主:白須数馬胤親 区 分 :館 遺 構 :堀 面 積 : − . |
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・交通:国道8号線三上山信号を東入る ・駐車:なし ・撮影:2000年9月
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【現地の状況】 三上陣屋跡に建つ民家は今も当時の面影を残している。前を流れる川は堀として利用していたのであろうか。 三上陣屋の表門が甲西町岩根の常永寺に移築され、山門として現存している。また、町内の民家に裏門が移築されているというが・・・・・。
美濃郡上八幡城の遠藤常久は七歳で家臣のために毒殺された。その結果、遠藤氏二万四千石は没収された。 その後、先祖慶隆の忠誠の追賞として、白須才兵衛政休の長男数馬胤親に相続させ、改めて常陸下野の内一万石に封じた。 その後、元禄11年に近江国に領地替を命じられ、三上藩が成立した。 胤親の後、胤将・胤忠・胤富・胤妙・胤城と遠藤氏が代々継承し幕末を迎える。 明治3年4月、遠藤胤城は三上陣屋が手狭であり、所領であった和泉国吉見(現大阪府泉南郡田尻町吉見)に陣屋を移し、吉見藩と改称することを政府に願い出る。 政府の許可が下りた時点で三上藩は、廃藩置県をまたずに廃された。
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