
・交通:県道26号線円山町
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・駐車:円山神社に2台駐車可
・撮影:2004年3月
| 遺構の保存状態 |
★★ |
| 遺構確認し易さ |
★★ |
| 体力消耗度 |
★★ |
| お勧め度 |
★★ |
★の数の多い方が良い(または、激しい) |
【現地の状況】
円山城は西の湖と長命寺川にに周囲を囲まれた浮島の円山山頂と東側斜面に築かれている。今でも周囲には水路が入り組み、当時の面影を残している。
円山神社の石段から登り始め、神社背後の山中に入る。落葉期であるにもかかわらずブッシュの激しいところを迂回しつつの山登りを強いられる。繁茂期に登る場合は相当な藪漕ぎの覚悟が必要だ。
約15分で東西30〜40m、南北25〜30m程度の楕円形の曲輪に出る。この曲輪に出て一瞬、我が目を疑った。なんと石積みの天守台が組まれているではないか!高さ50〜60cm、東西4.2m、南北3.3m〜3.6mと少々いびつな方形ではある。
天守台を構成している石は、大きなもので20リットルのポリタンク大で、石の比重から換算すると50〜70kgにもなる。六角氏の本城である観音寺城にも石垣や建物礎石はあるが、天守台まではない。当時のものか、それとも後年築かれたものか判断に苦しむ。(^^;
曲輪から西に位置する標高約183mの山頂には、ブッシュの中に高さ1m弱の低土塁が廻っている。
東斜面に残る石積み
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天守台のある曲輪から北東側の斜面を下ると、斜面に階段状の曲輪が延々と麓まで続く。その上段の曲輪には人頭大の石による石組みが残る。
また人家を見下ろす東斜面では、竹藪を切って斜面の工事が行われていたが、その斜面に石垣が顔を出していた。この南斜面にも石垣が組まれていたのだろうが、工事のために相当破壊されているであろうことは容易に想像される。
【城郭の歴史】
円山城は西条氏の居城である。西条氏は六角泰綱の三男長綱を祖とし、長綱は唐橋氏を称したが、その子氏綱より西条氏を称した。「佐々木南北諸士帳」に「西条壱岐守は円山城なり」とある。
【天守台について】
円山城の天守台については当時のものか、また後年に積まれたものかは、現地でも判断の下しようが無かった。この天守台に関して各資料の一部を抜粋・転載しておく。
さて、真意のほどは如何に・・・・・・。
--------------------日本城郭辞典--------------------
山頂には50年ほど前に発掘された石組を残し、望楼台のようでもあるが、中から古刀等を掘り出したことから古墳だろうといわれている。
--------------------日本城郭大系--------------------
遺構としては、山頂部(標高182.9m)のほぼ中央部に1500m2ばかりの平坦地があり、その一部に石積み遺構がみられ、本丸跡であるとされている。また石組をもった望楼跡もあったとの言い伝えもあり、刀の出土も地元民の口伝によるが、これは付近に存在する古墳からの出土であろうか。
--------------------滋賀県中世城郭分布調査--------------------
従来、山頂部の2か所にある郭が本丸と伝えられてきたが、今回の調査によって、城の主体部は東方へ下降する舌状尾根上および両側の斜面の全体(東西200m×南北180m)に及ぶ規模のものであることが分かった。・・・・・・・・天守台についてはあえて記載していないようである。(^^;
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