近江 馬淵城

【城郭の概要】

所在地:近江八幡市馬淵町
別 名 :−
築 城 :鎌倉時代中期 
初城主:佐々木広定
区 分 :平城
遺 構 :−
面 積 :−

馬淵氏の紋

(四つ目結)




城屋敷とよばれる一帯

・交通:国道8号線・馬淵信号西入る
・駐車:なし
・撮影:1999年6月
遺構の保存状態
遺構確認し易さ
体力消耗度
お勧め度
★の数の多い方が良い(または、激しい)
現地の状況
 馬淵城跡とされる一帯は城屋敷と呼ばれ、一ツ堀・蔵の町・藪雨田(流鏑馬田か)の地名が同町に残されている。
 馬淵城の規模等詳細は不明であるが、同町にある馬淵氏の菩提寺・真光寺の墓地には、天正10年(1218)建立の五輪石塔(市指定物件)がある。


【城郭の歴史】
 建保6年(1218)に佐々木広綱が将軍実朝より賞賜された馬淵庄を、その定綱の五子広定を祖とし、馬淵に住んで馬淵氏を称した。

 その後、馬淵氏の一部は美濃に移り斉藤氏に仕えた。室町後期、六角氏の守護代であった伊庭貞隆は乱を起こし、馬淵城および同盟関係にある永原城を攻め、これらを落とした。

 この時馬淵氏は伊庭氏に降り、その後文亀3年(1503)蒲生貞秀の攻撃を受け城主馬淵道哲は観音寺城に逃れた。

 永禄11年(1568)織田信長が足利義昭を奉じて上洛する際、信長の上洛を阻止せんと六角氏と共に抗戦したが、織田軍に攻められて一族はことごとく離散したという。



近江の城郭