柏原城
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 城郭の概要
所在地:米原市柏原
     (旧坂田郡山東町柏原)
別 名 : −
築 城 : −
初城主:柏原為永
区 分 :山城
遺 構 :土塁,削平地
城 域 : −

      標高 439m


 現地への案内

国道21号柏原
詳細位置はコチラ 

 駐車場
駐車場なし
【訪 城】1999年11月
【撮 影】1999年11月

評価項目 見所評価
選地 ★★☆
縄張り ★☆☆
普請 ★☆☆
体力消耗度 ★★★
お勧め度 ★★☆
が多い方がお勧め (三段階評価)

体力消耗度
  
:山道はほとんどなし
 
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り

柏原城の石碑
柏原城の石碑

 現地の状況
 清滝寺徳源院の山門の横に、ひっそりと柏原城の石碑が建っている。詰めの城の遺構が、徳源院裏の清滝山山頂に残る。
 清滝山の山頂からは、東山道(中山道)と北国脇往還道が、手を伸ばせば届くような位置に見え、京極氏がこの柏原に居城を構えた意図がハッキリと分かる。


清滝山山頂から東山道を望む
清滝山山頂から東山道を望む
 城郭の歴史
 この城は柏原為永の居城であった。為永は村上源氏の末裔で柏原庄を領し清滝に居館を構えていたが勅命に背命することが多いというので、後白河法皇から追討の命を受けた佐々木定綱がこれを滅ぼし、その功として柏原城を与えられたという。
 その後、佐々木定綱の孫に当たる京極家初代の京極氏信が居城として使い、氏信はその館を拡充して京極家の菩提寺を建立した。これが、清滝寺徳源院である。

 京極氏および六角氏は近江源氏である佐々木定綱を祖とする。京極氏は近江半国の江北を、また六角氏は江南を領したが、京極氏は六角氏の観音寺城のように歴代城主が居城とした城はなく、柏原城から大平寺城上平寺城勝楽寺城,河内城と居城を替えていった。




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