| 近江 常楽寺城(木村城) |
| 【城郭の概要】 所在地:蒲生郡安土町常楽寺 別 名 : - 築 城 : - 初城主:木村氏 区 分 :水城 遺 構 :水路 面 積 : - |
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| ・交通: JR琵琶湖線安土下車、徒歩10分 県道2号線、下豊浦の信号から常楽寺地区へ 詳細位置はコチラ ![]() ・駐車:10台 ・撮影:2008年4月
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【現地の状況】 常楽寺城は観音寺城の西約2kmに位置し、湖岸近くに築城され常楽寺港を押さえる城である。 常濱水辺公園に隣接する畑地一帯とされ、発掘によって堀を検出したとされるが、現在では遺構らしきものは残されておらず、唯一、畑地が微高地であるのが面影を止めている。 なお、常濱水辺公園一帯には、常楽寺港の舟入が住宅地の中に残っている。 【城郭の歴史,その他情報】 常楽寺城は琵琶湖の海上ルートを押さえる目的で築城されたと考えられ、代々、安土沙々木神社の宮司・木村氏が城主であったとされる。 元亀元年(1570)落窪の戦いを最後に六角氏が滅びると共に、常楽寺城も廃城となる。 南近江を掌握した織田信長は、天正4年に安土城を築城するまでの間に常楽寺にたびたび宿泊し、元亀2年には常楽寺から一向一揆が立て籠もる金ヶ森城を攻め、また元亀3年には常楽寺から志賀郡の木戸城,田中城攻めに出陣している。 |
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