| 所在地:伊香郡余呉町文室 |
| 別 名 : − |
| 築 城 :元亀元年(1570)か |
| 初城主:朝倉氏 |
| 区 分 :山城(砦) |
| 遺 構 :土塁,堀切,堅堀 |
| 城 域 :30mm×150m |
| 標高 385m |
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【訪 城】2003年,2007年12月
【撮 影】2007年12月 |
| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★★☆ |
| 縄張り |
★★☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★★☆ |
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★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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小谷城の六坊から北に続く“越前忍道”と称される山道を300〜400mmほども進むと月所丸につく。
月所丸は大きくは2つの曲輪で構成されるが、どちらが主曲輪か判別しにくい。
この2つの曲輪の間には高さ2mを越える一文字土塁を尾根幅一杯に築き、各曲輪の独立性を保とうとしている意図が窺える。
また、北に続く尾根は2条の堀切で処理し北方への備えも怠りない。
北側(越前方面)曲輪の北端には三方を土塁で囲まれた一画があるが、防御用施設と共に烽火台として使われたのではないか。
この月所丸は朝倉氏によって築かれたとされ、築城時期は浅井長政が信長との同盟関係と断ち切った元亀元年(1570)の越前進攻(信長による金ヶ崎城,手筒山城攻め)以降であると考えるのが妥当である。
朝倉氏が月所丸を築いた目的は、越前忍道の名前が示すとおり越前への往還確保のためであろう。
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