| 近江 百々館 |
| 【城郭の概要】 所在地:彦根市鳥居本町 別 名 : − 築 城 : − 初城主: − 区 分 :平城 遺 構 : − 面 積 : − |
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・交通:国道8号線佐和山トンネルを抜け東へ約500m ・駐車:路上駐車 ・撮影:2003年2月
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【現地の状況】 滋賀県教育委員会の「中世城郭調査分布図」によると、佐和山城の東約1km、国道8号線横のトラックターミナル付近とされているが、遺構は何も残っていない。目前には台形状をした佐和山の山容が大きく広がっている。 百々屋敷から南東へ約500m、新幹線を越えたひとつの尾根上に丹羽長秀の砦とされる丸山城がある。 この丸山城登る途中に "百々某" の骨塔がある、この百々某は百々氏関係の者であろうと考えられるが詳細は判らない。 また、京極氏・上平寺館の大手道右手に隠岐屋敷がある。この隠岐というのは京極氏の守將であるが、浅井三代に百々隠岐守盛実の名が見え、「佐々木南北諸士帳」には佐和山東麓百々館とあり、浅井氏との関係が窺える。 【城郭の歴史】 元亀元年(1570)の姉川の合戦後、佐和山城に立て籠もる浅井の重臣・磯野員昌に対し、信長は四つの付城を配したとされる。その東の付城が、この百々館であるが、現地に立ってみると佐和山の山容が目前に広がり、意外な近さに驚かされる。佐和山城大手門からも500mとは離れていない。 佐和山の東、中山道が摺針峠にかかる付近に百々屋敷の地名があるといい、信長の築いた付城としては、摺針峠付近、若しくは丸山砦と考える方が妥当であろう。 |