所在地:米原市朝妻筑摩
別 名 : −
築 城 : −
初城主:新庄氏
区 分 :平城
遺 構 :土塁,空堀
城 域 : −
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県道2号線を北上、朝妻筑摩信号手前、天の川左岸
詳細位置はコチラ 
駐車場なし
【訪 城】2001年7月
【撮 影】2001年7月
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| 評価項目 |
見所評価 |
| 選地 |
★☆☆ |
| 縄張り |
★☆☆ |
| 普請 |
★★☆ |
| 体力消耗度 |
★★☆ |
| お勧め度 |
★☆☆ |
★が多い方がお勧め (三段階評価)
体力消耗度
★:山道はほとんどなし
★★:10分〜30分程度の山登り
★★★:約1時間ほどの山登り
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滋賀県教育委員会の資料には現在の中島神社が朝妻城の跡であるとし、その遺構は残っていないとされているが、数百メートル北にある朝妻神社の境内には鳥居横に幅7〜8m、深さ1mの見事な空堀が約20mにわたり残されている。
また、神社の北側及び西側の竹藪の中には、土塁も確認できる。果たして朝妻神社の遺構が朝妻城のものかどうか・・・・。
朝妻城は朝妻湊を押さえ、また朝妻湊から中世の八日市場としてとして栄えた箕浦を経て中山道からに通じる朝妻街道をも押さえ、水陸交通の要衝に位置している。
天文年間(1532〜1555)には新庄蔵人が居城したとされ、太尾城,磯山城,佐和山城等と共に江北の浅井氏の支城として機能した。
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