当院は建仁寺の塔頭の一つで、建仁寺三十九世無涯和尚が創建し、もと永源庵と称し、肥後細川家の最初の菩提寺であったが、明治6年(1873)廃寺となったため祇園にあった正伝院をこの地へ移し、のち永源の名を受け継ぎ今の名に改めた。
釈迦如来を本尊とし客殿・庫裡・鐘楼・唐門のほか、平成8年に正伝院に有楽斎が建てた名席「如庵」を復元した。 寺宝には有楽斎に関する遺品が多い。有楽斎は織田信長の弟で長益と号した。信長の死後剃髪し、千利休に従事して茶道の宗匠となった。晩年は「正伝院」を再興し、茶道三昧の生活を送ったが、元和7年(1621)75歳で没した。
有楽斎の墓は旧地に残されていたが、昭和37年、有楽斎夫人、息女、孫長好の三基とともにここに移された。
有楽斎の建てた正伝院書院は重要文化財、茶室如庵は国宝に指定され、共に有楽苑(愛知県犬山市御門先)に移築されている。なお、有楽斎の墓の前には肥後細川家累代の墓がある。
【所在地】京都市東山区大和大路四条下がる、建仁寺の北
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【訪問日】2004年10月17日
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