斉藤道三は織田信長の正室・濃姫の父(舅)で、正徳寺で会見した後、「我が子らは、みんなあの男の門前に馬をつなぐことになるだろう」と云ったとか、云わないとか。また、信長は会見中に一言、「であるか」としか話さなかったとか。
これらが本当かどうかは定かではない。、小説に書かれたことが、いかにもまことしやかに語られ、信じられ、現在の信長イメージを作り上げているようだ。
それにしても、信長はどうして舅である道三の墓を作らなかったのか不思議な気がする。このあたりにも信長と濃姫の関係が推察できるような気がする。 ・・・・・・・・・・もし、信長が建てた道三の墓があり、ご存じの方はご教示ください。
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【所在地】岐阜市道三町
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【訪問日】2004年10月17日
【現地を訪れて】
まさか斉藤道三の名前が町名になっているとは思いもしなかった。これなら塚は簡単に見つかると思っていたのだが、訪ねる人によって場所が、てんでバラバラで、たどり着くまで塚の周囲をグルグルと廻ることになってしまった。
道三塚は通りに面した“家具屋”裏手だが、宅地に隠れて見えないので要注意。
以前、塚はもっと大きくかったそうであるが、現在では周囲に立ち並ぶ宅地に遠慮するように宅地一軒分ほどの大きさである。
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