彦根城は内堀と中堀、そして外堀と三重の堀に囲まれ、惣構(そうがまえ)の城郭でした。
現在でも内堀と中堀は見事に残されていますが、外堀はそのほとんどが埋め立てられ、市内のあちこちに当時の面影をわずかに残している程度です。
彦根城が惣構であったことを知っていただくために、幾つかのビューポイントをご紹介します。 |
佐和町の護国神社前に空堀がありますが、これは外堀です。この堀は元々水堀だったのですが、悪臭がひどいとのことで昭和20〜30年頃に埋め立てられ、現在では空堀となっています。(彦根城には元々空堀はありません)
すぐ近くに中堀があるために中堀と勘違いするのか、あまり外堀と認識している人は少ないようです。
ここ佐和山口では、外堀と中堀を接近させることで通路を狭くし、守りやすくするとともに、敵に攻めにくいとの印象を与え、京橋口に攻撃の主力を向けさせるためだと考えられます。 |
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| 護国神社前の外堀 |
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外番場公園に隣接する駐車場奥の土手が当時の三の丸土塁です。昭和30年頃までは土塁一帯は竹藪だったのですが、現在では土塁の頂部が削られ、住宅が建てられているため、一見土塁とは見えません。また、この公園一帯は外堀だったのですが、昭和初期に埋め立てられ、現在では幅2mほどの小さな川が、かろうじてその面影をとどめています。
この外堀(土塁)を境として内側が三の丸、つまり城下になるわけですが、外堀(土塁)に沿って、大手方面である南と東には大寺院が配置され、また町屋筋の裏には大小寺院が並ぶ寺町が造られ、籠城戦の際には陣屋になるように配置されています。
この外番場公園の場合も例外でなく、裏(城下)に廻ると、周囲を石垣で固めた寺院、蓮華寺があります。
また、この外番場公園から南へ200mほど行ったところに、「山ノ湯」という銭湯があります。この銭湯の庭には築山状の庭がありますが、実はこの築山が三の丸の土塁で、こんな町の中に分厚い見事な土塁が残っていることにびっくりすると共に、お城ファンなら感激すること請け合いです。
写真では貧弱な土塁にしか見えないのが残念です。(^^;
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| 外番場公園の土塁 |
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| 外番場公園に残る外堀 |
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元々、芹川は彦根山の東側を北に流れていたものを、現在の位置(北西の流れ)に付け替えたもので、芹川は総堀(最も外側の堀)として位置づけられていました。つまり彦根城の南側においては、内堀,中堀,外堀、そして芹川と4重の堀が配されていたわけです。
また、土手には欅(けやき)が植えられていますが、こ欅は蔀(しとみ)の植物(うえもの)として植えられたものです。蔀の植物とは、城外から城の内部が見通されないように植えた木々のことで、こんな細かいところにも築城に際しての配慮が窺えます。 |
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| 芹川の土手に植えられた欅 |
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