| 上永原城発掘調査の現地説明会 開催日時:2001年12月8日(土)午後1時30分〜2時30分 説明者 : 野洲町教育委員会 |
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●概要 近江守護織佐々木六角氏の家臣・永原氏の居城だったとされる上永原城(野洲町上屋)遺跡から室町から戦国時代(14〜16世紀)の堀や土塁が見つかった。永原城が存在したことを裏付ける明確な遺構の出土は初めてのこと。 また、土塁から13世紀代の土師器が出土したことから、永原城の築城時期が従来考えられていた時代よりも1世紀遡る可能性も出てきた。 ●発掘場所及び城域 従来、上永原城の本丸跡と考えられている祇王小学校の南東の農地で二の丸跡と考えられており、元々農地の中に段差があって土塁ではないかと考えられていた。 今回の発掘調査から伝二の丸の広さは約100m四方であると推定される。 ●土塁 土塁は長さ約100mにわたって確認され、基底は約9m。畑地となっていたため上部は削平され高さは1m余り、元々の高さは不明である。(私見では基底の幅から考えると、高さ3〜4m。場踏みは2〜3mではないかと考えられる) 土塁の一部分が張り出しており、櫓台などの可能性もある。
●堀 堀幅は7〜9m、湧き水が激しく水堀であったと考えられている。
●出土品 土塁の中から木箱に入れてあったとみられる13世紀代の土師器椀(はじきわん)が出土しており、この土塁が13世紀に築造されたものであることが判明した。但し13世紀に上永原城が存在したかどうかを確定するまでには至っていない。他の施設の土塁を使って永原城が築城された可能性も残っている。その他鍋、釜、瓦、天目茶椀、青磁、硯等が見つかってる。 これらの出土品の中で注目されるのは四角い木箱に入れたまま土塁の中に埋め込まれたと考えられる土師器椀と、土塁の近くから見つかった硯である。硯には「永禄十一年戊のゑたつとし 五月十二日吉日」と線刻されている。
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